印象派の元ネタ・マネに迫る
1.マネの真似をしよう
知人から「マネは印象派の父って本に書いてあったけど、マネって印象派なの?」と聞かれました。
その友人が言うには、マネの絵は印象派というよりも、伝統的な絵画に近い感じがするっていうんですね。印象派って言われてパッと私の頭に浮かんだのはモネやシスレーでしたが、それと比べると陰影も強くて、印象派っぽくはないですよね。
実を言うと、マネ自身は、自分では伝統的な絵画を描く画家のつもりだったようです。しかし、自分で新しい描き方を考案するのが好きだったようで、新しいアイデアを思いつくともう試さずにはいられず、自分の作品にそれを盛り込むということをやったわけです。
マネのどんな所が印象派に影響を与えたのかというと、例えば、印象派の絵は影に黒を使わず、青などの色味を使って明るい画面を作りましたが、この影に色味を使いだしたのはマネだと言われています。これは、マネがベラスケスを研究する際に発見したと言われています。
また、当時の伝統的な絵画では、画面に筆の跡を残さないように描いたのですが、マネは筆の跡を残して江尾の具のタッチを生かした即興的で大胆な絵を描いたりしました。
そして伝統的な絵画では重要な、陰影による立体感の表現や影に青などの色味を入れてみたり、筆の跡を残して即興的に描いたり、陰影や遠近法を無視して平面的に描いたり、輪郭線を強調して描いてみたり……あれ? こうやって見てみると、なんだか印象派の父って感じがしてきましたよね。
つまり、こいった技法を印象派の画家たちが、まさに「真似」したってところが、印象派の父と呼ばれるゆえんなんですね。つまり印象派の元ネタは、実はマネである、というわけです。
2.マネを受け入れられない美術アカデミー
しかし、美術アカデミー など伝統的な絵画を描く人たちから見れば、 あいつ何か変なことやってんなって思われていたようです。
もともと、当時の美術アカデミーというのは、芸術家の地位や作品の水準を高めることを目的にしていたので、どんな美術作品を良しとするか、基準を作っていたんです。もちろんそれは伝統的絵画の様式で、それから外れたものは評価が落ちることになります。
また、美術アカデミーには教育機関としても役割もあったので、大衆に良い影響を及ぼす美術が良しとされました。つまり、神話や文学、歴史など題材にした絵は、人間に良い影響及ぼすものだから格上で、風景や静物なんかは、格下のように扱われたんですね。
ですから当時の画家たちは、単に風景を描いた場合でも、歴史的な出来事を題名に付けたりして、格上であろうとしました。下の絵は、ターナー「吹雪―アルプスを越えるハンニバルとその軍隊」という絵なのですが、当時の戦車的な役割をしていた象もいないし、肝心のハンニバルがどこにいるのかわからないです。
実際には、ただ吹雪の様子を描きたかったんじゃないか、という人もいて、単なる風景画だと評価されないから、ハンニバルなんて題にしたのかもしれません。
このように水準を定めることで、高いレベルは維持できたようですが、その結果、形式的になりすぎて、自由な表現がなくなっていますよね。マネはそんな堅苦しい時代の真っ只中で、「草上の昼食」 を発表するのです。

3.結局、女性の裸を描きたいだけなんじゃないのか

1863 年、マネは「草上の昼食」という作品……この時はまだ「水浴」 というタイトルでサロンに応募するのですが、落選してしまいます。
サロンというのは美術アカデミーが主催する公募展のことで、基準に合わない絵は、バンバン落とされて、この年は3000人以上の作品が落選したと言われています。そこで、怒った落選者たちは猛抗議したので、代わりに落選展というものが開かれることになったのです。
マネの「水浴」も、この落選展に出品されますが、マネの「水浴」はとんでもなく酷評を浴びるんですね。
この当時、女性の裸を描くことはタブーとされていて、マネの絵は不道徳で破廉恥だと、大いにバッシングされるんですね。下の絵は、マネが落選した年のサロンで大好評だったカバネルの「ビーナス誕生」という絵なのですが、この絵もかなり裸ですよね?マネの絵より露出してませんか?これアウトですよね?

ですがこの当時、この絵のように、女神や妖精だったら裸を描いてもOK なんです。そしてこの絵は、ナポレオン3世がお買い上げになりました。……ほんと、勝手ですよね。
女神を描いてるといいながら、結局女性の裸を描きたいんでしょ?って、ツッコミたくなりますよね。こんなことから、マネの「水浴」という作品は、サロンの画家達が、裸体を描くのに神話や歴史のエピソードを言い訳に使うという欺瞞を暴くための強烈な皮肉だともいわれています。
しかし、バッシングされるのもちょっとわかりますよね。草むらの上に服を着た男性が二人と裸の女性が一人いて、服が脱ぎ捨ててあったり空の酒瓶があったりしたら、普通によからぬことを想像しますよね(笑)
しかし、マネにはマネなりの理屈があったようです。では、それは一体何なのか……。
4.マネは自分の絵を古典だと考えていた
では一体、「草上の昼食(水浴)」のどこに古典の要素があるんですかね?
実は、この作品の意図するところは、ティツィアーノの『田園の奏楽』(上図)と、ライモンディ『パリスの審判』(下図)いう古典の名作をリスペクトしたものなんだそうです。


男性が服を着て女性が一人裸だってことなど、シチュエーションは似てますよね。しかし、女性と思わしき人物は、実は妖精なんだそうで、男性二人は妖精と語らっているんだそうです。なるほどそういう風に見れば、なんだかセーフな感じもしますね。
右側の『パリスの審判』なんて、モロにポーズをマネしてますよねえ(笑)
つまり、マネは、自分の絵は古典をしっかり学んだ上で、現代風に新しい解釈を加えたものなので、本人は大真面目に神話など題材にした伝統的な作品と思っていたようなのです。
みなさんは、マネの意見に共感できますか?僕個人としては、服を着た若者が裸の妖精と出会ったという設定で見ればいいということであれば、なんとかは理解できますが、マネの絵は実際の女の人が裸なんですからね。普通におかしいでしょ? どういうシチュエーションなんですかね? パリの大衆が卑猥だのいうのもわかるわ、って思いますよね。
マネの水浴が発表された落選展は、このマネの絵を酷評したい人達も押し寄せ、サロン本展よりも集客が上だったらしいです。現代なら、普通に成功ですよね。まあ、パリの人たちも、普通に裸の絵が見たかっただけかもしれませんけどねエ。
5.印象派の画家たちとの交流
この落選展の後……マネは1865 年のサロンに有名な「オランピア」を出品して入選しますが、ここでも相当なバッシングを受けます。そして1867 年、パリ万博で自身の作品が展示されなかったマネは、展示会場から遠くないアルマ橋附近で、多額の費用をかけて個展を開催するんですね。

その費用は、マネの母がこの展示企画で全財産を失うのではないかと思うほどの費用だったといいます。実はマネは、多額の遺産を受けていて、生活はとてもゆとりがあったと言われています。
だから、絵が売れなくても、自分の描きたい絵を追求できたんでしょうね。モネなど印象派の画家たちにお金を貸してあげたりもしていたようです。
この、莫大なお金をかけて開催した個展ですが、これによって絵が売れとか、社会的な評価が高まったとかはなかったようなのですが、これをきっかけにドガなど後に印象派として活躍する画家たちと出会うことになるんですから、人生とは奇妙なものですね。
そして、マネに影響された若い画家たちは、マネの自宅近くのレストランに集まって、絵画談義に花を咲かせたそうです。この交流の中で、マネの与えた影響は大きかったでしょうね。マネ自身もまた、屋外でスケッチするなど、若い画家の影響を受けています。
マネの作品「水浴」は、後に「草上の昼食」と題名を変えますが、これはモネの影響なのだそうです。モネは、マネの「水浴」を見て、それをリスペクトした作品を描くのですが、そのときつけた題が「草上の昼食」だったのです。マネはそのタイトルが気に入って、1863 年に自身の作品も「草上の昼食」と改めます。
下図はモネの「草上の昼食」ですが、こちらはマネのものと違って、なんだか優雅ですよね。よく見ると、男性のポーズがパリスの審判っぽくないですか? 面白いですよねぇ。19 世紀当時、このようなパリの人々の日常風景を描くことは、非常に珍しかったようです。そういう意味でもマネの作品は、とても新しい試みだったようで、そんな所もリスペクトされる要因だったのでしょう。

マネは、しっかりと古典に学び、伝統を踏襲しつつも、「自らの時代を離れず、自己の目に映ずるところを描かなければならない」と語っています。このようにテーマ性を持って創作したことは、後世の現代アートの原点となったとも言われています。
マネの「草上の昼食」は、モネの以外にもたくさんの画家たちにリスペクトされていて、セザンヌ(左下)、ピカソ(右下)など様々な画家達が、自らの解釈のもと草上の昼食を描いています。その作家の個性がよく現れた、色々な草上の昼食があって面白いです。中でもピカソは何枚も「草上の昼食」を描いていますが、どの絵もぶっ飛んでいて面白いです(笑)
絵だけではなくて、ルノアールの息子なんか映画を作ってますし、イギリスのバンド、バウ・ワウ・ワウのLPジャケットなんか、当時14歳だったボーカルのアナベラがヌードになったというので母親が激怒したという、そんな事件もあったようです。そりゃあママも怒りますわ。
そんな感じで、リスペクトなのか、ネタなのか……。色々な画家が「草上の昼食」をテーマに描いたりしているので、興味がある方はネットで検索してみてください。この作品にはリスペクトしたくなる何かがあるのでしょうね。
さああなたも、そろそろ草上の昼食で何か作りたくなってきたんじゃないですか? それでは次回は、モネをはじめとする印象派の画家について、お話したいと思います。